昨日、札幌では公立高校の合格発表があり、桜咲いた子もいれば不本意な結果になった子も・・・。

そしてそんなお子様の一年を(場合によってはもっと!)見守り続けたお母さんたちお疲れ様でした!SNSでつながるみなさんの投稿を見ながら、懐かしい30年近く前の自分の受験を思い出していました。

ヤンキー中学に入学

それは31年前、市内でも素行が悪くて有名な地元の中学校に入学したところから始まります。(スカートは長いのがカッコいい時代に育ちました💦)
入学直後に行われたお迎えテストでひょんなところから学年一位になり(3つ上の姉の時のテストをやっていったらほぼ同じ問題がw)そのあとずーーーーっとそこから落ちちゃダメだと思いこんじゃって、良い成績を取ることが勉強の目的になってしまっていた3年間でした。

完璧主義な性格もあいまって4教科すらしっかりテスト勉強をして挑んでいたため内申点もすこぶる良く、当然進学校に行くものだと周囲の期待を受け、自分もそのエレベーターに乗るのが当たり前と思っていたので、高校選びに迷うこともなく学区一番の進学校を選びました。

小さいころから我が強かったこともあり、親は一切「勉強しろ!」と口出ししたことはありませんでした。言っても聞かないから何も言わなかったと当時を振り返って母は言います。(父は中学の技術教師、母は主婦でした)

我が強い伝説、でも実は・・・

【幼稚園時代】
・何か悪さをして父に押入に入れられたら、それが気に食わず一回押し入れから出て自分で入りなおす
・学芸会で主役をやらされ、役が気に入らなくて当日行かないとごねる
【小学校時代】
・担任の先生の勉強の教え方が悪いと言い、学校に行かなくなる しかも10円ハゲができる
・父に算数を習っていた時、説明が理解できず「そんな教え方じゃわからない」と父のせいにしてキレる

他にも数知れず・・・とにかくめんどくさい子だったんです。母はめっちゃ大変だったと思います。娘こんなんだったら嫌だもん笑)あ、でも結構近い所があったりして、娘がごろつくたびに昔の自分を見ているようで微笑ましいやらこっぱずかしいやら・・・。

でも、実はすごーーーくヒシヒシと受け取っていました、(特に)母の期待ビームを💦
進学校を選んだのも勉強を頑張り続けたのも「親を喜ばせたい」(娘は〇〇高校なの~~~と母に言わせてあげたい)という気持ちからだったと思います。そんなこと口では一言も言われてもいないのに、です。子どもってそのくらい親の気持ちを汲み取ろうとして、親に一番認めてもらいたい生き物なのだと思います。

という事で、テストの点を取るという事に関してだけはすごい頑張りを見せた中学3年間。具体的には定期テストの1か月前から試験対策とかしていたので(笑)ずっと学年上位はキープしたまま、いざ受験へと突入するのですが・・・。

痛い失敗!

当時の学力テストの結果を今見てもわりと数学は点が取れていたんですけどね、当日大失敗しちゃうんです。正式な点数はさすがに覚えてないんだけど全然目標点には届かず茫然としました。受験会場に行くとみんな自分より頭が良さそうに見えて、すっごく緊張して、いつもなら解ける問題文が全然頭に入ってこなくて真っ白になった事は覚えています。

そして、帰宅して自己採点して真っ青に。。。

「あんなに頑張ってきたのに落ちた、絶対落ちた😢😢😢」

全てが終わった気がして、合格発表までの1~2週間ごはんが食べられなくなりました。結果痩せました(笑)

今冷静に考えると、一教科点数悪くても合計点で判断されるわけだし、内申点もあるし、当時倍率も1.1とかで落ちるわけないんですよ。でもそんな冷静な判断もできず、情報もなかったので完璧落ちたと思い込んでました。

それでも一緒に受験した友達と発表を見に行ったらちゃんと合格してて、すっごく嬉しくてパーマかけにいったのを覚えてます。
(ちなみに大学の試験も2次試験が全然だめで絶対落ちたと思って発表すら見に行けず、他の学部受けた友達が合格見つけて電話くれたという(笑))

高校に行くと本当に頭が良い子がいて衝撃でした。私が3回聞いても理解できないことが1回でわかっちゃうみたいな。そういう子は決してがり勉ではなく、すごくナチュラルにさらっと努力していてカッコよかったです。そして進学校だったのでそのままみんなストレートに上にいくかと思いきや、途中でドロップアウトする子がいたり、大学入って変な宗教に走った子もいました。もちろんバリバリエリート街道まっしぐらな子もいます。なので進学校=安泰では決してありません。学歴=稼ぎでもないですしね。

乗ったエレベーターがまっすぐ最上階に連れて行ってくれるという事は無いんだなと知った学生時代でした。

傍から見たら高校受験も大学受験もストレートで凄いねなどと言われたこともありますが、札幌ののんびりした温室で、自分にあまり疑問を持つ事も深く向き合う機会もなかったひよっこの私は、社会に出て最初の会社で思いっきり挫折を味わいました。
自分のハートの弱さに自己嫌悪になり、あ~なんかもう人生どうでもいいな💦と思ったこともあります。

でもこうして愛すべき家族に出会えて好きな仕事が出来ている今は、あの時周囲の期待や空気を優先して勉強を頑張ったことも、社会に出て自信を失いかけたことも、すべてがあっての自分だし、自分の選択の一つ一つに後悔はありません。努力をした時間は自信をくれたし、失敗を経験して強くもなれました✨

大人へのエレベーターは一つじゃない

ただ言えることは、失敗と思える事はすべて人生の通過点に過ぎなかったという事です。
私の場合は高校受験や大学受験はゴールだと思っていましたが、その先の人生の方がもっともっと長くて多様です。なので息切れしない事も大事だなーと思います。

大人へのエレベーターは実はたくさんあります。
偏差値で階が止まるエレベーターも、上に行くにつれそれだけじゃ通用しなくなる。他の動力で動くエレベーターもある。
勉強が得意な事は強みの一つであり全部ではない。どのエレベーターが優れているとか、劣っているとかなんて無いし、すべて自分の見方次第!なんならサクッとのりかえたって良い。

そして確実に、私たちの時代よりエレベーターは複雑で、新機種も出て来ている。何より自分で新しいエレベーターを作ることもできる時代なんだなーと思います。古い機械しか知らない親の価値観なんて、化石か?と思ってしまいます。ファミコンとiPhoneくらい違う。

息子はあと2年で初めてのチャレンジをします。私も母として初めての受験です。
中学入学からの一年間は放っておいたらやる気になるかと思いきや、全然やる気にならずぼーっとしている毎日で、ちょっとやっても成果は見えずらく、それがいろんなことをつまらなくしている感じでした。どんな風に目標を持たせてあげたら良いのかな~と思う事が多かったのだけど、あまり手出しをすると線路を引きすぎてしまう気がして避けて通っていました。このまま健康で、サッカーやって友達と楽しくやってくれればそれで良いのかな?と思おうとしていました。でも、

息子の未来にどんな可能性があるのか?

まだエレベーターがあることすら気づいていない、どんなのに乗りたいかも、そもそも探し方も分からないでいる我が子にそれを見せてあげたうえで人生選ばせてあげたいなーとあるときふと思ったんです。

私では勉強の意義を伝えることが出来なかったのだけど(考えてみたら自分の為じゃない何かのために勉強していた私には息子に何かを伝えることはできなくても当然だったのかな?)もしかして勉強したいと思っている息子もいるのか?という気もして、その道のプロにお会いしてみることにしました。私が探せなかった息子のやる気スイッチがピコって入った!スイッチあったんだね!13歳でこんな大人に出会えてラッキーだなーと思います。

でもそれで丸っと手放しできるわけではなく、しっかり導いてもらいつつも我が子が精いっぱい自分なりに考えることが出来るように伴走してあげたいなと思います。ドギマギしない訳ないけど頑張っておおらかにが私の課題です(笑)

志望校に合格することが決してゴールではなく、人生でおそらく初めてのチャレンジでどんな経験をするかがすごく大事だと思っています。頑張っても届かないこともあるかもしれない。そしてもしチャレンジが跳ね返されても、その過程で大きなものを得ることは想像に難くないし、その経験は絶対に人としての糧になると思っています。なので塾代は目先の結果の為ではなく息子の10年、20年後への投資です♪(頑張って仕事するしかないっしょ!)

15歳の皆さんの新しい道が希望にあふれていると良いなと思います✨